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ヨミカエルカジキタ二人芝居「弥次喜多」

しりあがり寿インタヴュー


先日、「百人芝居◎真夜中の弥次さん喜多さん」の原作者であるしりあがり寿さんが、名古屋にいらっしゃいました。そして、天野天街と、ごはんを食べながらおしゃべりをしました。「真夜中の弥次さん喜多さん」のこと、漫画をどう考えるか、どんなことをやりたいか、そして死や社会について、たくさんたくさん話していただきました。どんなお話だったか、ご報告します。(安住恭子/2005年5月取材)

@似たもの同士?


――なぜ、「弥次さん喜多さん」だったのですか。

しりあがり まずへんな話を書きたいというのと、長い話を書きたいというのがあったんです。ちょうど会社を辞めたころで、自由になって、そういう漫画がものすごく書きたくなったんでしょうね。でも初めは、奥さんの西家ヒバリさんが描くアイディアとして出したんですよ。西家さんがへたな絵で、お侍とか描いたらおもしろいだろうなって。それも短編で。お伊勢さんに行ったら、そこがタージマハールだったというオチだった。でも、そのオチは「動物漫画」の<虎>でやっちゃったし。それで、東海道というのはやめて。架空の宿場の話を、1宿1話でアラビアンナイトのように続けようと思ったんですね。そうしたら、いろんなことがうまくはまったときの快感があって。

天野 そう。バラバラのものがパッとつながったときって、快感がありますよね。ああ、そういうことだったのかって。そういう意味で、しりあがりさんのは全体漫画だと僕思うんです。

しりあがり 天野さんの芝居を見て、ルーツが似ているなって思いました。同じ漫画とか、見てきたものが近いかなって、感じた。僕はね、もともとアニメではなく、特撮が好きなんですね。アニメはリアリティを放棄しているじゃないですか。でも僕は、ウソでも何かしらリアリティを表現したい。そこにこだわっているのね。天野さんの芝居も、ありえないシチュエーションなのに、そこにある感情があって、なつかしかったりする。その方がリアルだと思うんだよね。ただのでたらめじゃない。テレビドラマなんて単純すぎる。好きだったら好きという感情しかその人にはないみたいな。

天野 テレビは中抜きですよね。

Aあきちゃう


――昔と今とでは、何か変化がありますか。

しりあがり 昔の方が志が高かったね。テレビドラマのようなウソっぽいものをどんどん消していって、そうすると大切なものが残るような気がしてたのね。そういうものを描こうしていた。でもそれもどうでもよくなって。あきちゃうんですよ。(弥次喜多の)1話完結のアラビアンナイト・スタイルにもあきちゃってね。だってそれは、自分の頭で考えたオチに向かって描いていくだけだから、つまらなくなってしまったんです。それで編集者に、「最後を決めないで続きで描かせて」って頼んだんですよ。そしたら、「そんなことしたら、だれにも分かりませんよ」なんていわれちゃって。そうするとね、小心者だから、伏線を張りまくるのね。自分でもどうなっていくのか分からない漫画を書きたいというのに。で、しかも、それをせっせと回収しちゃう。ちらかったままじゃいけないんじゃないかって思って。そしたら、終わっちゃったんですよ。あんな夢オチで。手塚治虫先生に、「夢オチは絶対やってはいけない」っていわれてたのにね。だから、やるなら堂々とやろうと思って。

天野 かっこいい! 夢オチは小説でも映画でもどんな表現でもタブーですよね。でも、やるんなら堂々と。それいいですよ。

しりあがり 漫画でしかできないことをやりたいと思っているんです。
小説の下書きとか、映画の素というんじゃなくて。それと、僕は読者を翻弄したいというのは、ありますね。「なんでもポン太」というのは、前頭葉の意識下で描いたというか、何にも考えないで、考えないようにして描いた作品です。人間の感情を無視して、音楽のようにやりたかったのね。ルービックキューブのように、どこからでも読める漫画。結晶のようなものを作りたかったんですよね。

天野 僕、あれ大好き。

しりあがり 小説も基本的には同じなんだけど、でも小説だと僕の漫画じゃできないことがやれるのね。例えば、美人とか戦車とか、僕は絶対に描けない。でも小説だったらそれが描ける。1万人とかも、漫画じゃやれないよね。

天野 でも、容疑者200人が一同に会するというのがあったじゃないですか。あれは漫画でしかできないですよね。漫画だからすごいおもしろい。あれはおもしろかったなー。

Bナニカとナニカは違うけど同じ


しりあがり 天野さんって、デジタルなのかな。考え方がデジタルのような気がする。でもアナログでもあるんだよね。ちょっと分からない。

天野 どっちでもありたいんです。日めくりはデジタルだけど、(1ヶ月が1枚に納まっている)カレンダーはアナログですよね。その両方をアウフヘーベンしたい。光は波であり同時に粒子であるっていうように、ナニカとナニカが違うけど同じっていうことをやりたいんです。

しりあがり それって、テレビと似ているね。別々のドラマが、違うチャンネルで、同時進行でやってるということと。リモコンでチャンネルを変えると、同じドラマだけど違う話をやってるんだよね。それがまねできないんですよ。僕もそういうことをやりたいんだよね。

天野 できると思いますよ。しりあがりさんはいろんな媒体持ってるじゃないですか。あらゆる媒体で描いてるでしょう。それを使って、一人の人生をいろんな媒体で同時進行で描いていくというのはどうですか。それすごくおもしろいと思うけど。

しりあがり ああ、なるほどね。人間って、恋するときでも、向かい合ってその人のことばかり考えている訳じゃなくて、例えばこのカルピスは甘いなとか、いい音楽が流れてるなと、いろんなことを意識しているんですよね。みんな複雑で豊かな世界を送ってるはずなんです。だから、一人の人間にもいろんなドラマがある。

天野 だからそれを多媒体で。ぜったいおもしろいと思う。

C死と再生と今と


――しりあがりさんの作品には<死>のイメージがたくさん出てきますね。

しりあがり 死ということを意識したのは、「鉄腕アトム」で4次元の世界に入っていくという話を読んだときからですね。ある角を曲がると4次元の世界に入って二度と帰ってこられないというの。怖かったですよ。今思っている死のイメージは、砂漠とか……。砂漠の遺跡……。ホロビユクものですね。
6月に、「ジャカランダ」という作品が出版されるんです。これがまったくサービス精神のない漫画でね。東京に大きな木が生えて、それがどんどん大きくなっていくというだけの話なんです。大きくなって、根も広がって、ビルとか地下鉄とか壊していく。そして人間がどんどんどんどん死んでいく。300ページ全部、破壊と死、それだけ。人間ドラマも何もないんですよ。そして東京を徹底的に破壊して、最後にそのでっかい木に花が咲くんです。生命力の再生ですね。ホロビではなく。これをだれか、ギャグにしてくれないかなーと思っているんです。松尾(スズキ)さんとか、宮藤(官九郎)さんとか。僕は素材を提供したから。
その木にね、やられた人間たちがひれふすの。今の人ってさ、強いものとかいきいきしたものに弱いと思う。あがめたいと思ったり、あがめられたいと思ったりの屈折した欲望が強いよね。みんな欲しいものを与えられて育ってきたからじゃないかな。子供は甘いものが好きでしょ。だから与えるとどんどん欲しがるのね。もう苦いものに戻れない。それと同じ。
だからみんな子供なんだよ。僕は、そういう社会への危機意識が、すごくありますね。

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こんな話をして、しりあがりさんは次の仕事に向かいました。
しりあがりさんは、「百人芝居◎真夜中の弥次さん喜多さん」に大変興味を持っていて、スケジュールさえあえば、舞台に出たいとおっしゃって下さいました。天野さんももちろん大歓迎。特別出演ということになったわけです。
舞台でのしりあがりさんはどんな感じなんでしょうか。楽しみです。

(文責/安住)

写真最上段:しりあがり寿(左)、安住恭子(右)/写真二段目:天野天街

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